地図紹介 (7) 孤立橋

地図上、どこにも繋がっていない、孤立した橋というのがある。

実は有名な場所も含めれば結構ある。

幾つか紹介する。

千葉県 袋倉第二ダム

千葉県は割と地図的には見どころの多い県である。特に房総半島がアツい。

袋倉第二ダムにはぽつんと橋があるが、実際は山側から歩道でアクセスできるとかできないとか。

熊本県 水上村 白龍王橋

観光地であるが、遊歩道が描かれておらず地図上は孤立橋である。

群馬県 日光市 華厳渓谷の廃橋

有名かもしれない。

地図紹介 (6) 徒歩でしか行けない一番遠い集落

21世紀においても意外と交通僻地は多い。

といっても、なんだかんだで細いが林道が通じていたりするものであるが、本当に徒歩でしか行けないという場所がある。

そのギャップがよくて、昔から、密かに「徒歩でしか行けない一番遠い集落」を探している。

今ならプログラムでババっと探せるのかもしれない、あるいは交通困難地とかへき地等級とかで調べればよいのかもしれないが、脳筋でひたすら目視でやっている。 (国土地理院の地形図のタイルをひたすら落としては、グリッドに分けて集落と道路の最短距離を出すのだろうか…?結構途方もないような)

これに関してだけは、真木を超える集落があったらコメントがぜひ欲しい。

判定条件としては、「地理院地図上で歩道しか書かれていない」かつ「Google Mapなどを見ても本当に歩道しかない」。

前者のルールにより、たとえば揖斐川町門入は対象外。

2番めの条件は、地理院地図だと車道が通っていても歩道判定されていることがあるから挙げた。例えば、早川町z差越とか、千葉県君津市郷台畑などがこれで除外される。

ランキング・ノミネートした集落をここでは挙げていく。

なお、

  • 船でしか行けないのは除く。そんなこと言ったら離島全部当てはまっちゃうし。よって西表島の船浮とかも除く
  • 山小屋も除く。(旧三斗小屋宿はちょっと考えるものがある)
  • 現住かどうかは問わないことにする

礼文町 召国

暫定一位。

礼文町 宇遠内

この海岸沿いの道は歩きたいと思っている。

小谷村 真木

最初見たときは本当に目を疑った。このような場所があるとは。

1980年代半ばには、最後の元住民が移出、小さな茅葺き屋根の農家の集落が残りました。今NPOが建物を管理して、集落はまるで時が止まったように日本の原風景を残しています。 小谷の秘境集落「真木」を訪ねるツアー | Unique Nagano [ユニーク長野] https://www.unique-nagano.com/detail.php?l=ja&id=278

四国

実は四国には、幾つか歩道しか書かれていない集落というのがあるが、Google Mapで本当に車道が通っていないのかどうか、確かめられていない。

..

山梨県 丹波山村 高畑・後山

古くの廃村はもはや集落名が表記されない。家屋を読み取るのは目に毒だし、そのようなものもいちいち含める気はしないが、まあ知っているし書いておく。

番外編 徒歩道すらない

徳島県 那賀郡 那賀町 日早

もはや歩道すら描かれていない。ただ、廃道になって久しいからこうなっているだけと思われる。

千葉県 君津市 追原

意外と千葉の奥の方は徒歩道表記のみの集落がある。が、ここで紹介するのは徒歩道すらない集落。

知床半島の番屋群

道がないと言えば、知床半島の海岸に点在する番屋もそうだ。船で行くのだろう。

昔は知床岬に行きたいと思っていたが、大学の探検部レベルだと聞いて潔く諦めた。

(憧れの地ではあると思う)

番外編 西表島 船浮・網取

とはいえ見ごたえはあるからやっぱり紹介する。

西表島 船浮。船でしか行けない。この、周りに全く道が伸びていないという光景はなかなかすごい。

いつかはいってみたい場所の1つ。

近くには網取集落もある。Wikipediaによれば、1971年廃村。

地図紹介 (5) 荒川の堤外地集落

堤防より川側の河川区域に家を立てることは難しいが(河川敷に家を立てることを考えてほしい。まあ、大半は官有地だろうが)、しかし歴史的に昔から住んでいる人の集落が、今でも現存している場所はある。

堤外地集落などと呼んだりするが(あってるのだろうか)、例えば荒川中流域にも以下のような集落を見ることが出来る。

うち吉見町明秋と古名新田(こみょうしんでん)は、横堤という長く河川の流れに向かって垂直な堤のうえにある。このあたりは川幅が日本一でもあるらしい。

では順に見ていこう。

古名新田

明秋

川越市 握津 (2006年に全戸移転完了)

さいたま市 桜区 塚本 外東(H14移転完了)

この塚本集落は大正時代に始まった荒川改修以降堤防の際に堤防の外側に取り残されてしまった形となり、その後以降も頻繁に水害に遭っていたそうです。やがて上流側の外東地区に二軒、下流側の外西地区に十数軒あったとされる塚本集落の移転は昭和59年から始まり、平成11年の水害がきっかけとなり平成14年には全世帯が補償を受けた上で堤防の内側への移転を完了その後廃村となりました。 地図から消えた村。今も面影を残す塚本集落 https://www.saidaidori.com/trivia-top/tsukamoto-shuraku/

意外と平成に入ってからも移転が続いている。

最近は異常気象だと言うが、首都圏での大水害を聞くことも少なくなった。そこは人の手による河川の整備・管理のお陰なのだろうか。

さいたま市 西区 西遊馬

ほかにも、ホンダエアポートのあたりなどは田畑が広がっている。昔からの地権者がいるのだろうか。しかし、もはや河川敷であることを忘れてしまいそうなくらいの広さだ。

水害の憂き目には合うが、それさえなければいい耕作地なの…かな。

ぽつんと神社

堤防整備が途切れると始まる、自然な川と台地との入り混じり方もまた見ていて飽きない。

しかし、川は絶えずうねり場所を変えながら蛇行していたのが、ある時ついに人間の開発と圧に負け固定されてしまう。

その位置というのは偶然性を帯びている。堤外になるかどうかも偶然の産物だったりするのだろうか(ある程度は違うだろうけれど)

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参考:河川改修に伴う荒川中流域における堤外地集落の移転 磯谷・橋詰 2011

地図紹介 (4) 安倍川の河川敷低山

ふつう川というのは流路をガリガリ削っていくものだから、まさかその河川敷に山がぽっかりあるとは思わない。

そんな「まさか」を突いてくるのが、静岡は安倍川の河川敷低山(と呼ぶ人がいると知ったのでパク…倣わせてもらった)たちだ。

もっとも、ネットで結構よく紹介されているし、皆さんご存知かもしれない。

・諸岡山

堤防からシームレスに続く細長~い山。

・木枯の森

・舟山

舟山に至っては、かなり大きな河川である安倍川と藁科川の合流地点のどまんなかにある。なぜ削れないのか…。

木枯の森は枕草子に載っているし、舟山も下記のとおりとのこと。千数百年、大河の流れに対してしぶとく耐えているようだ。

由緒ある河川敷低山。静岡で行く場所に困ったら訪れてみてはどうでしょうか。

東海道の旅の名所を記した「東街便覧図略」にも、安倍川と藁科川が描かれ、「舟山や木枯森などが川の中に浮かんだ様子は、非常に面白い。ここから見る富士山の姿は見事である。」と紹介されています。
https://www.at-s.com/life/article/ats/1413580.html

加えて、地図では読み取れないが、神尾弁天島というのもあるらしい。

大井川にある島に行きたい https://ooigawade.gozaru.jp/main/file001/page01.html

このようなレポは読んでいて面白い。

地図紹介 (3) 静岡の吊り橋たち

静岡を流れる大河、安倍川や大井川には多くの長大吊り橋が掛かっている。

しかも大半が観光用にわざわざ立てたものではなく、生活のための吊り橋だ。

もっとも有名なのは、無双吊橋だろうか。千頭より更に奥、大井川の支流寸又川の先、逆河内に掛かっている。地形図にはもう表示されない。

登山する人には、光岳に向かう信濃俣の登山口やら、あの静岡の奥地であれば延々と張り巡らされていたが通行不能となってしまった寸又川左岸林道があるあの辺りといえば、馴染みがあるかもしれない。

少し手前、千頭ダムあたりには、徒歩道とともに、天地吊橋などと呼ばれる吊り橋群があるのが分かる。

安倍川は、もう少し下流域において、対岸の集落に行くためとか、対岸の畑に行くため、といった感じで吊り橋が点在している。

そのためだけにこれだけの長さの橋を架けたのかと瞠目する。

吊り橋で言えば、旧河道を茶畑とし、その内側に集落を形成している池ノ谷という場所がある。中心には河跡湖なのか、池がある。なかなか面白い地形をしていて地図でも見応えがある。

ちなみにキャンプ場もある。

(ちなみに左上に閑蔵という集落名が見える。今値上げで話題の大井川鉄道井川線にも閑蔵という駅があるが、そことはかなり離れている。とはいえあまり見ない地名が2つあるあたり、何か共通の由来があるのだろうか)

そういえばこんな場所も。作業小屋とは思うが…。

→ 青薙造林宿舎跡だそうだ。(2014年5月3~5日 南ア 大間川 青ナギ沢左俣→上西出大窪沢下降 http://sonosoranoshitade.web.fc2.com/sonosoranoshitade7-1/page014.htm

地図はほんの些細な段差や空き地であっても、そこには歴史があったりする。それらはAIで大量生産された情報とは対極に位置し、自分では何も語らぬし存在の主張もしないが、つつけばぎゅっと凝縮された情報が出てくる。その辺りにも面白さがあると思う。

地図紹介 (2) 中洲の荒れ地

静岡県 安倍川の中流域。中洲が広すぎるからなのか、河原が一部荒れ地になっている。

荒れ地には夢がある。一般に、日本の土地は山も含め結構隅々まで人の手が入っているが、荒れ地はそれに逆行する存在である。

もっとも、多分本当にただの葦原とかだろうけれど。

地図紹介 (1) 千手ヶ浜

中禅寺湖の奥にある平坦な場所。クリンソウの大群落があるので有名です。

車ではアクセスできず、バス・船(季節運航)・徒歩のみです。

その奥には、徒歩でしかアクセスできない西ノ湖があります。徒歩でのみ到達可能な大きな池、いいですよね。

CPUのはなし(Spresense / CXD5602GG)

数年前、Sony(の子会社のソニーセミコンダクタ)からSpresenseというマイコン(?)ボードが出ました

高度にモジュール化されていて、基板から作る、という感じではなかったので、あまり私には合わないなあ…と興味も沸かなかったのだが、最近やや食指が動くようになりました。

眺めていたら、流石にCell B.E.やらVirtual Mobile Engineやらを作ったSonyが手掛けただけあって、よう分からん(褒め言葉)プロセッサだったので、メモしておきます。(とりあえず吐き出すことで幾分か物欲は収まるだろうから…)

ここが特徴的

そもそもソニーが個人向けに半導体を作っている。開発環境付きで

よくよく考えると、ソニーが個人向けにマイコン(?)を作る、しかも開発環境まで整備する、というのは記憶にないことです。(なんかあったっけ)

何ならソニーの半導体部門はCMOSイメージセンサー以外潰えたと思っていたくらいなので、自社からARMマイコンを出すことに今更驚いています。 まあ、例えばα7カメラでもおそらくはマイコンが載っているのだろうから、製造が自社か委託かといった違いはあれど、チップ設計くらいはやっているのだろうと思うけれど。

開発環境はArduino IDEの他、NuttX(RTOSの名前)ベースのSpresense SDKで開発が可能。

データシートがある

何いってんだという話ですが、Sonyの半導体はNECとかのに比べるとデータシートが見つからないことが多いと思っています。

自社家電用に開発したものが多いから、だと個人的には想像していますが、本当のところは分かりません。

その点、このSpresenseで使用されているCXD5602GG・CXD5247GFは、データシート、それに加えて前者はUser’s Manualまで公開されています。

ソニーの今風のデータシートはこのような体裁なのか…という謎の感動があります。

やっぱり中身がカオス

ここから本題に入ります。

Sonyのサイトには以下のように書かれています。

豊富な計算能力
CXD5602には、低消費電力で動作可能なマルチコアプロセッサー、ARM® Cortex® -M4Fが6つ搭載されています。

ここだけでもなかなか頭が痛くなりますが、実際のところは、演算能力をメインに供給するこれらプロセッサーの他、"System and IOP Domain"にCortex-M0+が1つ、"GNSS Domain"にGNSS DSPのM4が1つあり、総計8コアの構成です。

高い演算能力を持たせつつ、低消費電力にするために周波数を落としてマルチコア構成にしているような気がしますが。

その他ペリフェラルなども含めた全体のブロック図は以下の通りで、これが185 FCBGA、6.5mm角のICに詰め込まれているのですから驚きです。LPC810、聞いていますか(用途が違うから仕方ない)。

CXD5602GG ブロックダイアグラム(CXD5602GG データシートより)

一方でメモリはそこまで多くなく、オンチップはSRAM 1.5MBだけです(IOP用には128kBのROMもある)。オンボードのSPI Flashメモリがおそらく8MB。足りるんだ。
チップ上に搭載されているのはSRAM + 一部のROMなので、マイコンと呼んで良いのかどうか微妙です。メインの6コアを見るならプロセッサ…だろうか。

製造プロセスは28nm、FD-SOIと呼ばれるもののようです。あまり詳しくはないですが、2025年にSTMicroがSTM32V8(Cortex-M85)を18nm FD-SOIで出しているくらいだから、当時としてはかなり先進的な部類なんでしょう。

仲野:低消費電力を実現するために採用したFD-SOIという半導体技術により、高いロバスト性を達成することができました。FD-SOIは半導体ウェハの上に薄膜(酸化膜)を形成し、その上に回路を積層することで、安定したトランジスタを最先端のプロセス(Spresenseはマイコン製品では珍しい28nmプロセスを採用)で製造する技術です。リーク電流の低減や、動作電圧の低減により低消費電力化に大きく貢献します。Spresenseでは低消費電力を追求するためにFD-SOIを採用しましたが、実はFD-SOIには宇宙線(放射線)にも高い耐性を発揮するという側面もあり、結果として人工衛星にも採用いただける高いロバスト性を達成することができました。
(世界のソニーが掲げる、IoT時代の新戦略。技術の粋を集めたSPRESENSE™の挑戦「ビジネス×オープンプラットフォーム」 | APS|組み込み業界専門メディア https://www.aps-web.jp/magazine/8122/ より)

尖りすぎじゃない?

というSpresense、正直かなり興味が湧きましたが、如何せんこのプロセッサーの能力の真髄を引き出すには相当注力が必要に思えます。

なんて言ったって6コア並列でしかも150MHzですから、Lチカやただのセンシングではあまりにも贅沢な環境です。 乱暴な計算をすればAプロセッサーに近い処理能力があるし、マルチコアを前提としたプログラムが必要。

この処理能力を活かすタスクとなると、やはりRaspberry Pi相当でやっていることの置き換えになるのでしょうか。しかし、こちらは低消費電力と省メモリのためかRTOSベースでLinuxは走りません。アプリケーションの開発の敷居は高そうです。 Arduino IDEならSonyがお膳立てしたライブラリを使えば、配慮せずともそうなるのかもしれませんが。

それに昨今では、STMicroがCortex-M7でかなり高速なマイコンを出していると思います。正直それでマイコンなのかよみたいな。電力にあまり糸目をつけないのであれば、単一コアの方が処理しやすそうなイメージが、素人的にはあります。

となるとSpresenseの強みが活きるタスクとはなんでしょうか。やはり演算の重い信号処理(M4Fだし)や画像・動画処理であるとか、機械学習などが主眼になり、それを低消費電力で出来るということが強みになるのでしょうか。

(当時はマイコンボードにしては高いと思っていたが、最近はArduinoやRaspberry Piも軒並み値上がり5桁になりつつあるから、そうでもなくなった)

売れているのかな

あと、供給がいつまで続くのだろうかという点も気になっています。コロナ禍で不採算なものがバシバシ切られる中、Spresenseが生き残っていたのはすごいなと思います。

もっとも、発売直後だったため、流石に引けなかったのかもしれませんが。

しかし最近はあまり話題に登ることもないとは言え、まだボードが終売になることもなく、開発環境も入手可能です。

ソニーセミコンダクタも天下のソニーの子会社であるとは言え、慈善事業でやるわけにもいきませんから、ビジネスでのユーザーが結構いるということなのでしょうか。

それで、買うのか買わないのか

Sonyが個人向けに提供している珍しいマイコンであるということと、中身がSoC-likeで複雑なので、手を出してみたいなあと思い始めました。

Spresenseっていつまで売っているのかよく分からないし、ドーターボードも魅力的なものがあります。ELTRESとか実質個人が使うならSpresense用しかないような。LTEボードと、高性能なIMDモジュール、HDRカメラとか…………やっぱ尖ってるよなあ。

でも、手を出したいものは他にも沢山あります。PSoCも実はやってみたいと思っているし、最近はストレスからAVR64DDのボードを買ってしまいました。時間がないね…。

手持ちCPU(NXP)

Cortex-M3の本を読んでいて、そう言えばと思って部品箱を探していたら、以下のものが出てきた。

NXPは、LPC810やLPC1114でDIPを出したりして趣味界隈で話題になったことがあり、その後もLPCXpressoボードとか、有名なmbed(LPC1768)などで有名だった

今は、趣味界隈は損切りされたのか何なのか、とにかくあまり話題にはならないが、LPCシリーズ自体は好評生産中らしい(LPC81xシリーズは続いているのが意外なんだけど)。

型番 個数 パッケージ コア 動作周波数 ROM RAM ペリフェラル
LPC810 数個 DIP8 Cortex-M0+ ~32MHz 4kB 1kB USARTx2, I2Cx1, SPIx1, アナログ・コンパレータx1
LPC1113 1 LQFP48 Cortex-M0 ~48MHz 24kB 8kB UARTx1, I2Cx1, SPIx2, ADCx8
LPC1313 4 LQFP48 Cortex-M3 ~72MHz 32kB 8kB UARTx1, I2Cx1, SSPx1 or 2, ADCx8

LPCXpresso IDEも、CMSISライブラリも、どちらもあまり使い勝手が良くなかったイメージがあり、またそもそも32-bitプロセッサ自体が8-bitよりは扱いが難しく、当時の私には手に余るものだったのだが、このまま死蔵し続けるのも邪魔だ。扱いに困る。IARの無償版のEWARM(~32kB)なら変わるだろうか。

とはいえあまり作りたいものもないが…。RAM 8kBもあるのなら、ボタンを押すとDMIPS測定する下らない基板は作れるかもしれない。

しかし全体的にペリフェラルが渋い印象。

特にLPC810、Cortex-M0が載っているとは言え10年前?のデバイスだから、限界があったのかどうかは知らないが、メモリ容量が4kBかあ。 32-bitマイコンで8ピン・デバイスはいくつかあって、知っているものと比べてみると以下の通り。とにかくメモリ容量の少なさが際立っている。

そんな小容量ならATtinyで十分な気がしてしまう。多ピン多容量は32-bitを使っている人が、8ピンを使う必要があって、その時コードを使い回せるから使う…みたいな想定なのだろうか?

他にも、なんとADCがないらしい。これはかなり痛いと思う。

型番 パッケージ コア 動作周波数 ROM RAM ペリフェラル
LPC810 DIP8 Cortex-M0+ ~32MHz 4kB 1kB USARTx2, I2Cx1, SPIx1, アナログ・コンパレータx1
STM32C011 SO8 Cortex-M0+ ~48MHz 32kB 8kB USARTx2, I2Cx1, SPIx1, ADC
CH32V003 SO8 RISC-V(RV32EC) ~48MHz 16kB 2kB USARTx1, I2Cx1, SPIx1, ADC, アナログ・コンパレータ

読むのを中止した本:「方言はなぜ存在するのか」

テーマや考え方は好きなのだが、どうも途中途中に出てくる説があまり納得できず、読み進めるほどモヤモヤが溜まってしまったので、一旦読むのを止める。

§1

§1も、説としては面白いけど、あくまで説であって、7月の平均気温21度線と、方言が異なる境界が重なるのも、偶然なのかもしれない。

§2

甲州地方のセーダイモが、飛騨では訛ってセンダイモになってしまったとあるけれど、中間の長野県がほぼ無視されていてなんだかなあ。地理的に離れた2点を結ぶのはやや恣意的に感じる。

第一、飛騨地方へのじゃがいもの伝来は、信州から種を持ち込んで作ったとのこと。 もしそれが本当なのであれば、信州なので、どちらかといえば長野におけるじゃがいもの呼称と関連が強そうに思うのだが、長野のことはほぼ触れられていない。

ちなみに長野では別にセーダイモとは呼ばないようである。後から別の名前がやってきた、とかかもしれないが。触れては欲しいところ。

幸田善太夫の経歴は不明であるが、甲州の代官を勤めていたとかでないと、繋がりもないのでは。

ちなみに長野のうち飛騨に比較的近い松本盆地あたりではNACUIMOマークが多いが、調べても出てこない。本当?

地図へのリンク:https://mmsrv.ninjal.ac.jp/laj_map/data/laj_map/LAJ_175.pdf
https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/reference/show?dtltbs=1&mcmd=25&st=update&asc=desc&fi=2_2%203_%E6%96%87%E7%8C%AE%E7%B4%B9%E4%BB%8B%E3%80%80%E6%89%80%E8%94%B5%E8%AA%BF%E6%9F%BB&state=2200000022&page=ref_view&ldtl=1&id=1000372669

『コーシュー(甲州)から変化したゴーシュー(江州)は、東北北部から北海道において、類音牽引により音形の類似したゴショー(五升)へと変化し、救荒作物「じゃがいも」の生産《量》の多さを表す語形に変化した。近世の東北地方において江州の近江商人が活躍していたことを考慮するなら、かつてはゴーシュー(江州)相当の語が東北地方にも分布していたことを裏付けることになる。』

なるかな?

桑の実、食べたことがないかもしれない。流石に23区に桑畑はない。美味しそうだと思う一方、ヨウシュヤマゴボウっぽくてやだなという気持ちもある

§4

p.71

『山間部では、クワツバメのクワが単音節のクヮになり合拗音と同化したが、さらにクヮ>カ(例えば「火事」の語頭音の変化など)に並行した合拗音の衰退による直音化を起こしカツバメとなった』

と出典抜きに書かれているが、これは本当なのだろうか。どう示すのだろうか。良く分からない。

『~と考えられる』なら分かるが、ここでは『となった』と断言されている。

そうである以上は、何かしらそのような時系列的変化を示す有力な証拠であるとか、あるいは言語学上そう考えるに足る十分な理論というのがあると思うけれど。

ついでにいうと、図4-2を見るとかなり「燕」を「ツバメ」と呼ぶ人が五箇山にも居る。 標準語の影響だからなのか知らないが、この図を見せられると、「ツバクラ/クロ」だから桑の実を「ツバメ」と呼ぶ説は本当なのだろうか?という気になってるくる。