堤防より川側の河川区域に家を立てることは難しいが(河川敷に家を立てることを考えてほしい。まあ、大半は官有地だろうが)、しかし歴史的に昔から住んでいる人の集落が、今でも現存している場所はある。
堤外地集落などと呼んだりするが(あってるのだろうか)、例えば荒川中流域にも以下のような集落を見ることが出来る。
うち吉見町明秋と古名新田(こみょうしんでん)は、横堤という長く河川の流れに向かって垂直な堤のうえにある。このあたりは川幅が日本一でもあるらしい。
では順に見ていこう。
古名新田
明秋
川越市 握津 (2006年に全戸移転完了)
さいたま市 桜区 塚本 外東(H14移転完了)
この塚本集落は大正時代に始まった荒川改修以降堤防の際に堤防の外側に取り残されてしまった形となり、その後以降も頻繁に水害に遭っていたそうです。やがて上流側の外東地区に二軒、下流側の外西地区に十数軒あったとされる塚本集落の移転は昭和59年から始まり、平成11年の水害がきっかけとなり平成14年には全世帯が補償を受けた上で堤防の内側への移転を完了その後廃村となりました。 地図から消えた村。今も面影を残す塚本集落 https://www.saidaidori.com/trivia-top/tsukamoto-shuraku/
意外と平成に入ってからも移転が続いている。
最近は異常気象だと言うが、首都圏での大水害を聞くことも少なくなった。そこは人の手による河川の整備・管理のお陰なのだろうか。
さいたま市 西区 西遊馬
ほかにも、ホンダエアポートのあたりなどは田畑が広がっている。昔からの地権者がいるのだろうか。しかし、もはや河川敷であることを忘れてしまいそうなくらいの広さだ。
水害の憂き目には合うが、それさえなければいい耕作地なの…かな。
ぽつんと神社
堤防整備が途切れると始まる、自然な川と台地との入り混じり方もまた見ていて飽きない。
しかし、川は絶えずうねり場所を変えながら蛇行していたのが、ある時ついに人間の開発と圧に負け固定されてしまう。
その位置というのは偶然性を帯びている。堤外になるかどうかも偶然の産物だったりするのだろうか(ある程度は違うだろうけれど)
--
参考:河川改修に伴う荒川中流域における堤外地集落の移転 磯谷・橋詰 2011